【コラム】分化するヴェイパーウェイヴ



ヴェイパーウェイヴは常に変わり続ける。
そして、自らの様態を目的に合わせて変形させ、フィットさせる。

このコラムを読む、読者諸氏も恐らくご存じのように、
ヴェイパーウェイヴというものはニューエイジミュージックと極めて親しい関係にあった。
例えば、ヴェクトロイドの代表作、「FLORAL SHOPPE」のように
ミューザックやAORのニューエイジミュージック的な側面に着目、 それをより実験的に編集し、
結果アシュラやタンジェリン・ドリームのような独特の酩酊感を出すことに成功したのは、
我々が日々ヴェイパーウェイヴに触れて感じていることだろう。

そして、ヴェクトロイドの諸作に見られる東洋趣味、インターネットカルチャーは
ヴェイパーウェイヴの作品にそのまま受け継がれ、
ヴェイパーウェイヴの重要な要素と位置づけられるようになった。

しかし、それは今やフェイドしつつある。
その代表格はSaint Pepsiである。
Saint Pepsiの作品、特に最新作「Studio 54」には、
今までヴェイパーウェイヴのジャンルに見られていた、
東洋趣味、ニューエイジサウンドの要素が一切排されている。
このアルバムはディスコだと言って差し支えない。
つまり、単純にノラせることに主眼が置かれている。
「Vaporwave」というお決まりのタグはついているものの、
fortune 500レーベルから離れてリリースしたこともあり、そこに「Japan」の文字はない。
「Koopa Air」(羽根つきのノコノコの甲羅を指す)で
斉藤由貴の「砂の城」のサンプリングしていることも東洋趣味の強調とは言い難い。
「FLORAL SHOPPE」がアルバム全11曲中9曲が日本語タイトルということを考えると
よりそれは鮮明になる。
つまり、 Saint Pepsiは選択肢の一つとして「日本」を選択しただけであって、
一時期のヴェクトロイドのように何らかの思想・信念があって「日本」を用いているわけではない。

これはヴェイパーウェイヴの変化において重大な意味を持つ。
ヴェイパーウェイヴというものの扱われ方が変革してきたことを意味するからだ。
初期ヴェイパーウェイヴの核には80年代へのノスタルジーと、
80年代をより能動的に変革するモチベーション(*1)がアーティスト個々にあったはずだ。
その80年代を変革するというモチベーションは言うまでもなく、日本語の多用と言った東洋趣味、
80年代音楽やCM楽曲のサンプリング、ピッチの変更、
インターネットカルチャーの積極的な引用に色濃く表れていた。
しかし、Saint PepsiことRyan DeRobertisはこの初期ヴェイパーウェイヴの文脈を参照しながらも、
それを全的に受け入れることはせず、取捨選択している。(*2)
つまり、彼の中でヴェイパーウェイヴは目的ではなく、あくまで方法なのだ。

このヴェイパーウェイヴの方法化は徐々に他のアーティストにも伝播している。
その一人がMensa Group Internationalだ。
先日、発表された「Fjords, Vol. III」はディスコ面を強調したアルバムで
ニューエイジミュージック的な側面をここに見ることはできない。
そして、このアルバムで最も印象的なのは「Saturday Night Live」で
彼・彼女がダフト・パンクの「Get Lucky」をサンプリングしたことだ。
ヴェイパーウェイヴのディスコ化、その先にはダフト・パンクがあるのだと認識して
サンプリングしたとしか私には思えない。
そして、これは殊更飛躍した論ではないと思うのだ。

ダフト・パンクも多くのヴェイパーウェイヴァーと同じく、ロボット化したという設定の下、
素性が明らかになっていないことになっている。
そして、彼らはデビューから一貫して、サンプリングを用い、ディスコサウンドを構築し、
PVのアーティストに松本零士を起用するなど、独特の未来観を作り上げてきた。
これはまさにヴェイパーウェイヴの現状とそっくりそのまま重なってしまう。
そして、新作のタイトルは「Random Access Memories」。
もはや言うまでもないだろう。
ラグジュアリーな衣装に身を包む、ダフト・パンクのスタイルも
「fortune 500」レーベルに代表されるように、
ヴェイパーウェイヴが標榜するスタイルと極めて近しい。


というツイートを先日お見かけする機会があったのだが、
これは私も正しいと感じる。
ヴェイパーウェイヴ全体がディスコ化する、とまでは断言できないが、
少なくとも、多くのリスナーを引き付けたいというような野心を持つアーティストは
ディスコ化、もしくはInc.やHow To Dress WellのようにAORを志向していくだろう。
だが、一方で少ないリスナーに濃密な体験をもたらしたいという
職人気質のヴェイパーウェイヴァーはより一層ニューエイジに近づいていく。
それは悪名高いミューザックに敢えて近づいていった、ヴェクトロイドの新作、
「Home™」、そして「ClearSkies™」からも透けて見える。
彼・彼女はヴェイパーウェイヴの原初に立ち戻り、真っ新な空を今、切り開こうとしているのだ。



*1自分なりの80年代、ノスタルジーの中でしかありえない80年代を構築する、というような
その「幻想の中でしかあり得ない80年代」がある種の共感に転化したからこそ、
ヴェイパーウェイヴは一つのジャンルになることができた。
しかし、ヴェイパーウェイヴがその在り方を変えていく中で現れたSaint Pepsiは
自身の素性を明らかにするなど、意図的にその文脈を無視している。
更に言えば、彼は「Vaporwave」とともに「Vaporboogie」と自身の作品にタグ付けしている。

*2 それは彼が先人と異なり、素性を隠していないことからも明らかだ。
(参照1:http://www.indiegogo.com/individuals/2654774/campaigns
(参照2:http://www.facebook.com/ryanderobertis/posts/10151379030392215